その服を選んだのは、本当に私自身?
私たちは皆、自分の服装は自分自身の選択だと信じたいものです。
自分の好み。自分のスタイル。自分のアイデンティティ。
ですが、それと同時に、私たちは周囲で目にするものに影響されていることも知っています。
雑誌、オンラインメディア、インフルエンサーが私たちを導くことはよくあります。
あるスタイルが「流行っている」と言われると、それは急速に広く拡散することがありますよね。
このような影響は秘密裏に行われているわけではなく、それはファッションの仕組みの一部です。
しかし、もう少し深く見てみると、このプロセスには別の側面があります。
同じブランドが繰り返し登場する。
同じトレンドが同時にあらゆる場所に現れる。
流行りや廃りを表現する言葉が同じ。
これは単なる好みや偶然ではありません。
私たちが洋服をえらぶずっと前から「選ぶべきもの」が形作られているのです。

ファッションメディアの真実
ファッションメディアはインスピレーションを与えるためだけにあるわけではありません。
ビジネスとして生き残るために存在するのです。
ほとんどのファッション雑誌、ウェブサイト、ソーシャルメディアアカウントは広告収入に大きく依存しています。
ブランドはメディア露出のためにお金を払い、メディア側は運営していくためにその資金を必要とします。
これが密やかに不均衡を生み出すのです。
広告を出すブランドほどメディアに出る機会を得られます。
一方で、広告を出さないブランドは無視されやすい。
この状態が日常的になり、私たちの目に触れるものや「普通」と感じるものを形作っていく仕組みになっているのです。
なぜ全てが同じように見えてくるのか
ファッションメディアを注意深く追っていると、あるパターンに気づくかもしれません。
異なる雑誌で同じブランドが特集される。
あらゆる国で同じトレンドが推されている。
インフルエンサーやショーウィンドウに同じ商品が登場する。
このように繰り返し目にすることが親しみを生み、親しみは信頼を生む。そして、その信頼は欲望へと変わるのです。
それは一人一人の個人的な感情からくる選択のように感じます。
しかし、実は選択肢はすでに狭められていたのです。
エシカルで小規模なブランドが直面する課題
エシカルブランドは規模が小さいことが多いです。
生産量も少なく、マーケティングや広告費も抑えています。
そのため、主流のファッションメディアに登場する機会は限られてしまいます。
これは品質が劣るという意味ではなく、単に存在感を示せていないだけです。
エシカルファッションのアイテムが探しにくいと言われる背景には、プロモーションの機会が少ないという事情があるのです。

消費者に責任があるの?
完全にYESとは言えませんが、消費者もシステムの一部であることに違いありません。
人は目にするものに反応します。
そして、親しみやすく、安全で、社会的に受け入れられていると感じるものを買うのです。
同じメッセージを何年も繰り返し目にしていると、それらは自身の中に溶け込んでいきます。
個人の元々の嗜好と周囲からの影響によるものの区別を見極めるのが難しくなります。
これは道徳的な失敗ではありませんが、現実には影響があります。
ひとつひとつの買い物が、今見えているものをさらに強めます。
1回のクリックや「いいね」、シェアのそれぞれが、次に何が注目されるかを決める手がかりとなります。
その意味で消費者の選択はとても重要です。
小さな行動がたくさん積み重なることで市場が形作られるのです。
大切なのは、消費者が罪悪感を感じることや、誰かを責めることではありません。
変化をさせられる可能性はどこにあるのかを理解することが必要なのです。
では責任はどこにあるのか?
ファッションの問題について議論する際、責任の所在がはっきりと分けられることが多いです。
まず、ブランドが衣服のデザイン、生産方法、価格設定を決定します。
彼らは使用する素材、工場、生産量、賃金を選択することにより、環境や労働への影響において最大の影響力を持地ます。
消費者もまた重要な役割を果たします。
需要が供給を動かすのです。
人々が購入し、着用し、買い替えるものが、時間の経過とともに市場を形成します。
この観点からすると、ファッションメディアは議論から除外されがちです。
メディアは流行を反映し、人々が既に求めるものを報じるので「伝言を責めるな」というわけです。
ですが、この説明には限界があります。
なぜなら、ファッションメディアは文化を反映するだけでなく、文化や流行を作り出す一旦を担っているからです。
どのブランドを登場させ、どのトレンドを繰り返し、どのストーリーを伝えるかを選択することで、メディアは「魅力的」「受け入れ可能」「注目に値する」と感じられるものの境界線を設定します。
同じブランドが繰り返し取り上げられると、消費者はそれらが重要に感じるようになります。
特定の考えが無視され続けると、それは非現実的あるいはニッチなものに思えてくるものです。
ファッションメディアが人々を支配しているということではありませんが、人々が選択する環境に影響を与えます。
その意味でメディアはブランドと消費者の間に位置していると言えるでしょう。
主導者ではありませんが、中立的な観察者でもないのです。

メディアは主因ではない、でも無関係でもない
メディアがファッション業界の問題を引き起こしたというのはフェアではありません。
過剰生産、労働搾取、環境破壊はブランドの決断に由来するものです。
過剰消費は需要によって引き起こされています。
ですが、メディアはこのシステムから利益を得ているのも事実です。
広告で収益を上げ、トレンドを繰り返し取り上げることで注目を集めます。
そして、この仕組み自体に疑問を投げかけることはほとんどありません。
そこには、責任が生まれます。
もし、有害な仕組みを「当たり前」にしているのだとしたら、その仕組みを良い方向へ変えて行く役割も果たすべきだと私は考えています。
現実的な“責任のかたち”とは
メディアの責任を取り方はファッション報道を止めることではありません。
必要なのは重点を変えることです。
たとえ主要な広告主ではなくても小規模でエシカルなブランドに、より多くの場を与えること。
慈善事業ではなく編集上の選択として、修理、再利用、長寿命化、循環型ファッションについてもっと語ること。
これにはリセール、レンタル、素材革新、廃棄物を減らすファッション技術も含まれます。
メディアが伝えるべきことは新作コレクションだけではありません。
絶え間ないトレンドのプレッシャーから解放するためには「新しさ」のサイクルを遅らせることが必要です。
季節ごとの必須アイテムを減らし、前月の服を時代遅れに感じさせる表現を減らすこと。
また、広告の影響を明らかにするには、プロモーションとジャーナリズムを明確に分離するべきでしょう。
コンテンツが有料提供、スポンサー付き、商業的関係によって形作られていることを読者は知る権利があります。
こうした選択は現実的な方法で文化を形成します。
どんな服が受け入れられと感じるかに影響を与え、服を長い期間着ることを普通にするでしょう。
そして、エシカルな選択肢を限られたものではなく現実的なものに感じさせることができます。
ファッションメディアはすでに私たちの欲求に影響を与えていますが、真の問題は、その影響力をどう行使するかにあるのです。
私たちにとって意識の変化とは
この仕組みを理解することは、ファッションを否定することではありません。
消費者として、そして読者としてより意識的になるということです。
私たちの意識が変わることで、目に見えるものの解釈も変割ります。
みたままに反応するのではなく、立ち止まるようになります。
こんなシンプルな問いかけをしてみましょう。
なぜこのブランドをあちこちで目にするのだろう?
これを買って利益を得るのは誰だろう?
何が隠されている?
自分自身の選択がどのように形作られるかを理解すれば、自分の決断をコントロールできるようになります。
システムをコントロールするのではなく、自分の反応をコントロールするのです。
これは完璧を求めようという意味でもなく、ファッションを楽しむことをやめることでもありません。
より冷静に、自信を持って、意図的に選ぶことを意味しています。
それは、制限されるのではなく、情報に基づいて選ぶということです。

静かに前進する方法
ファッションの選択がどのように形作られるかを理解すれば、意図を持って選ぶことができます。
人によっては、それがエシカルファッションへとつながるでしょう。
厳格なラベルではなく、ペースを落とし、より注意深く選ぶ方法として。
その方法はシンプルなことでかまいません。
物を少なく買う。長く着る。既に持っているものを修理する。
できる限り、自分の価値観に合うブランドを応援する。
健全にするためにファッションを諦める必要はありません。
創造的で楽しいままであり続けていいのです。
ただ、今より少し静かであれば。
ファッションメディアの責任は?
知名度を高め、トレンドを繰り返し伝え、絶え間ない「新しさ」を当然のことにすることで、ファッションメディアは今のファッションシステムを継続させる一部となっています。
ですが、それは同時に、変化をもたらす力も持っていることを意味しています。
もしファッションメディアが今日の過剰消費文化を作る一端を担ってきたのだとしたら、これからは健全な方向へと導くこともできるはずです。
より思慮深い取り上げ方。
プレッシャーを減らすこと。
個性や長く着ること、多様なスタイルを受け入れること。
ファッションメディアが「どうあるべきか」を押し付けるのではなく、人々が「自分らしさ」を表現することを支える未来へ変わっていけますように。
【出典】
https://www.anxiety.eco/p/fashion-media-is-as-unsustainable-as-fast-fashion
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