今こそ見直したい、フェアトレードが大切な理由

20年近く前、エシカルファッションの先駆けブランド「ピープルツリー」の創設者である私の友人、サフィア・ミニーが『By Hand』という本を出版しました。

この本は、私たちが身に着ける服の背景にある、人々やコミュニティ、そして伝統的な技術を通じて、フェアトレードファッションの世界を描いたものです。

私がこの本を初めて読んだのは2011年。

当時、ちょうど私自身もエシカルファッションに強い思いを抱き始めていた時期でした。

初めてこのテーマの本を読み、その後長年にわたり私の知識の礎となりました。

そして2026年の今、私は15年ぶりにこの本を読み返してみました。

今日、エシカルファッションの話題は、サステナビリティ、循環型経済、カーボンフットプリント、再生農業、そして気候危機の解決策となるテクノロジーなどに注目が集まりがちです。

けれど、『By Hand』を読み返すともっとシンプルで人間味あふれる解決策があることを思い出させてくれます。

これは忘れずにいたい大切な視点だと思いました。

私がサフィア・ミニーとピープルツリーと出会った経緯はコチラ
>クラフトはファッションを救える?

フェアトレードとは、実際にはどういう意味?

多くの人がフェアトレードと聞いて思い浮かべるのは、衣服を作っている人たちに少し多めの報酬を支払うことかもしれません。

けれど、「By Hand」はそれよりも踏み込んだ広くて深い世界を紹介しています。

経済的に恵まれない生産者に機会をつくり、公正な価格を支払い、安全な労働環境を提供し、男女平等を推進し、子どもを保護し、生産者の自立を促し、環境への悪影響を軽減することを目指しています。

その目的は慈善活動ではありません。

それは自分の力で未来を作れるようにする「エンパワーメント」、つまり自立する機会を与えることなのです。

フェアトレードは、家族が健康的な食事をとり、子供たちを教育し、地域社会に投資する手助けとなります。

長期的な取引関係は、生産者にとってより大きな安定をもたらし、単に次の注文を待つだけの生き延びではなく、事業を発展させることができるようになります。

この違いは、今の時代でもとても重要なものです。

人々が貧困から抜け出すのを助けることは、必ずしも何かを与えることだけではありません。

時には、自らの力で成功できる仕組みを作ることこそが大きな支えとなるのです。

フェアトレードについて詳しくはコチラ
>そもそも、フェアトレードって何なの?

格安ファッションの真のコスト

『By Hand』で語られている最も重要なテーマの一つは、ラベルに記載されている価格が、その製品を生産するための真のコストをほとんど反映していないというこです。

安いTシャツであっても、土地、水、エネルギー、原材料、輸送、そして人的労働が必要となります。

完成した服の価格がいくら安くても、それらすべてには確かなコストが存在します。

この本では、安い衣類を求める私たちの需要と、低賃金や劣悪な労働条件につながっていることを指摘するだけでなく、サプライチェーンをさらに遡り、原材料が実際にどこから来ているのかにも目を向けています。

代表的な例が、従来のコットンです。

大量の農薬の使用は、生物多様性を損ない、水を汚染し、農家自身を危険な化学物質にさらすことになります。

害虫が耐性を獲得するにつれ、農家は生産量を維持するためだけに、ますます多くの農薬を必要とするようになるかもしれません。

彼らのコストは増え、環境への被害はさらに深刻化するのです。

『By Hand』が刊行された当時、有機栽培やフェアトレードコットンは、農家が最大30%多くの収入を得られる紹介されていた。

また、インドのグジャラート州でのプロジェクトでは、点滴灌漑への投資によって水の使用量を60%以上削減することに成功した例もありました。

これは、安いファッションについて語るとき、つい見落としがちなポイントです。

タグに表示された価格は安いかもしれませんが、その真のコストは労働者、農家、地域社会、そして環境に分散されている可能性があります。

安価なファッションは、そうしたコストを消してくれるわけではありません。

そのコストが別の場所で、誰かがその代償を支払っているだけなのです。

環境負荷の不平等さ

『By Hand』で私心に残った点の一つは、社会的責任と環境的責任がとても自然に結びついていることでした。

世界でも最も貧しい地域に住む人々は、とても小さな環境負荷で生活しています。

彼らは消費が少なく、エネルギーの使用量も少なく、包装の少ない地元産の食品を食べています。

それにもかかわらず、このような地域こそが、環境悪化や気候変動の影響を最も受けてしまうことがあります。

ここには明らかな不公平があります。

世界的な大量生産の恩恵を受けている人々が、必ずしもその環境コストを最も負担している人々とは限らないということです。

本書では、貧困そのものが環境破壊の一因となり得る点も浮き彫りにしています。

家族を養うことだけで精一杯である状況では、森林や土壌、生物多様性を保護することよりも、今日の生存を確保することの方が重要になるのは当然のことです。

だからこそ、フェアトレードの社会的側面と環境的側面は深く結びついているのです。

農家や地域社会がより良く、より安定した収入をもたらせば、彼らは目の前の生存だけでなく、未来のための選択ができるようになります。

農場への投資、作物の多様化、そしてより持続可能な農法の導入などが環境を守る行動が可能になるかもしれません。

経済的な安心があるからこそ、環境を守る余裕が生まれます。

フェアトレードはその土台を作る力を持っているのです。

「手仕事」が今も大切な理由

『By Hand』というタイトルは重要です。

この本は、手織り、天然染色、小規模農業といった伝統的な技術に繰り返し言及しています。

これらの方法は、化石燃料や工業用化学物質の使用を削減できるだけでなく、地域社会で何世代にもわたって受け継がれてきた技術を守ることにもつながります。

また、農村部に貴重な雇用を生み出すことも可能です。

本書では、手織りは自動織機を稼働させるよりも9倍多く雇用を生み出すことができると記されています。

伝統的な生計手段が失われ、人々が仕事を求めて都市へ移住している地域では、こうした産業を守ることにより、家族が一緒に暮らせるよう支えると同時に、地域経済や文化的伝統を支えることにもつながるのです。

さらに、ここには数値では測定できない良い側面もあります。

手作りの製品には、金銭的価値をはるかに超える文化的・人間的な価値があるのです。

その技術や伝統、職人技は、それを実践したり教えたりできる知識を持つ人がいなくなれば、それらは永久に失われてしまう可能性があります。

商品を購入したら、それで責任が終わるわけではない

私たちが何を買うかを選ぶことが重要であることは、すでに誰もが知っています。

フェアトレードや、より責任ある方法で生産された製品を選ぶことは、そうした製品に対して一票を投じることとなります。

購入によってそこに市場が存在することを示し、何百万もの個人の購買決定が業界全体に影響を与えることだってできるのです。

しかし、私たちの責任は買った時点で終わるわけではありません。

『By Hand』で特に興味深い点は、衣類が環境に与える影響の大部分が、購入後に起こっている可能性があるということです。

服を洗う頻度、お湯の温度、使用する洗剤、タンブル乾燥をするかどうか、そして最終的にはどれだけ長くその服を使い続けるか、これらすべてが環境に負荷を与えます。

つまり、責任の一部は再び私たち自身に帰ってくるのです。

可能な限り「より良い」商品を選び、購入量を減らし、手持ちのものを大切にし、修理して長く使い続けること。

これらは革命的な解決策ではありませんが、そこが重要なポイントの一つなのです。

私たちの消費行動の小さな変化が、何百万人もの人々に広がれば、とても大きな違いを生み出すことができるのです。

消費者がすべてを解決できるわけではない

しかし、個人の責任を理由に、政府や企業が自らの責任を回避してはなりません。

『By Hand』は、労働保護の強化、環境基準の整備、そして恵まれない立場にある生産者に公平な競争の機会を与える国際貿易システムの重要性を繰り返し主張しています。

また、透明性の重要性も強調しています。

ほとんどの消費者は、自分が買う製品の背後にある農場や工場、そして労働者の姿を目にすることはありません。

環境破壊や人々の搾取は、私たちの視界から完全に外れた、何千キロも離れた場所で起きている可能性があります。

もし消費者が、自分の選択がもたらす違いを実際に目にすることができれば、購買決定は大きく変わるのかもしれません。

だからこそ、情報が重要なのです。

消費者は十分な情報に基づいた選択ができる能力が必要です。

企業は自社のサプライチェーンに対して責任を負う必要があり、政府は有意義な基準を策定し、それを徹底させる必要があります。

真の変化には、この3つすべてが必要なのです。

私たちはテクノロジーに夢中になりすぎ?

これは、20年近く経った今、『By Hand』から得られる最も興味深いレッスンかもしれません。

今日、気候変動に関する議論はますますテクノロジーへと向けらるようになっています。

再生可能エネルギー、AI、二酸化炭素の回収、代替素材、そしてますます高度化するリサイクル技術、これらすべてが環境への影響を軽減する方法として期待されています。

こうした技術の多くは、とても重要であると証明されるかもしれない。

しかし、テクノロジーによる解決策への期待に惑わされ、もっと単純な解決策を見失ってはいけません。

「消費を減らし、廃棄物を減らし、人々に適正な対価を支払い、天然資源を守り、物事がどこから来ているのかを理解し、すでに持っているものを大切にし、自らの選択がもたらす結果に対して責任を持つこと」。

これらの考え方はどれも、技術的なブレークスルーを必要としません。

必要なのは、行動、優先順位、そして責任に対する意識の変化です。

『By Hand』が伝えるメッセージは、時に最も単純な解決策こそが、最も重要なものの一つであることを、私たちに改めて気づかせてくれます。

それから20年の時を経て

当時のメモを読み返して驚いたのは、その根本的な主張がほとんど今も色あせていないことでした。

ファッションは依然として、社会や環境に多大な影響を及ぼしています。

労働者には今なお公正な賃金と安全な労働環境が必要です。

農家には持続可能な生計手段が必要です。

消費者は、複雑なグローバルサプライチェーンを理解するのに苦労している。

企業は、依然としてより少ないコストでより多くを生産するよう圧力にさらされており、私たちは、本来あるべきペースよりも速いペースで天然資源を消費し続けています。

私が『By Hand』を初めて読んでから15年が経ちますが、これこそが私の心に最も強く残っていることでしょう。

取り巻く世界は変わったかもしレませんが、根本的な依然として事実は変わっていません。

私たちが購入するものの背後にある人々や地球に対する「公平性」「責任」そして「敬意」は、今日でも変わらず重要なものなのです。


【出典】

https://www.goodreads.com/en/book/show/17837763-by-hand